投稿日:2008-07-07 Mon
今日は、7月7日ですね。今日、はっと思い出してました。
大島弓子さんの全作品の中でも大好きな一作、「七月七日に」。
時は戦下の昭和18年。
母と二人、東京から疎開して暮らしている13歳のつづみ。
愛する大事な母は、最近様子がおかしい。
毎晩ためいきをついては、泣き続けている。
どうしたんだろう?
母娘の暮らしに、近所に住む健太郎・桃太郎兄弟がからみ、
事態は思わぬ方向に展開するのですが・・・
あまりあらすじを説明できないところが苦しいのですが、
本当に美しい美しい、「母」と「娘」の愛の物語。
「もうあれから三十余年たちますが
その思い出は 少しも色あせず
すこぶる鮮明な 夏の光と水の反射を 正視できずに見るような 印象で存在するのです」
というモノローグで終わるこの作品について、
橋本治さんは、漫画評論「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」の中で、
この作品についてこう言っています。
「これは、現在で終わる物語、”過去”の物語なのです。」
「時間の中にしっかと根を据え、光り輝く物語です。」
「(大島弓子さんは)
この作品の“物語”を組み立てるすべての要素から、一切の”現実”をはぎとりました。
”現実”をはぎとられたとて、物語の枠組みは過去の時間によってしっかりと支えられています。
微塵も揺らぐことのないこの枠組の中で、大島さんはキラキラと光り輝く”愛”だけを使って、
物語を組み立てたのです。
だから、現実にかつて存在した”過去”-この作品を存在させる”過去”には、
何一つ”現実”はないのです。」
だからこそまるで夢のようで、
セリフの一つ一つが静かに美しくて、
でもとても切ない心打たれる物語。
こういう静かにきらきらした、しんとした夏もあるなぁと思う。
つい現実に背を向けて、こういう世界に見入ってしまう。
白泉社文庫「さようなら女達」の中に入ってます。
「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」の表紙も、大島弓子さん。
この下巻に収録されている大島弓子論は、深遠ですごいです。
今では入手困難なこの本、買っておいて本当によかった・・・お宝本です。

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