投稿日:2008-02-22 Fri
「グーグーだって猫である」、ブックオフで3巻を見つけてちら読みしたところ、
これがことのほか面白くて、まとめて入手して読んでしまった。
先代の愛猫「サバ」亡き後、新しく縁あってやってきたアメリカンショートヘアーの「グーグー」を筆頭に、
ご自身の愛猫たちにまつわるエピソードを綴ったエッセイ漫画です。
実は久しぶりに読んだ大島弓子さん、こんな大病をなさったとは知りませんでした・・・
お元気になられてよかった。
大島さんの新しい作品が読めてよかったなぁとしばし感慨ひとしお。
![]() | グーグーだって猫である (3) (2007/05) 大島 弓子 商品詳細を見る |
大島先生の、猫に対する愛情や深い観察がいっぱいにこもっています。
猫の物語としても読めるし、ずっと仕事を続けている独身女性の物語でもあり。
好きなものをとことん愛し、打ち込めることを仕事にする人生。
しかも力の抜け加減が絶妙で、読んでいて実にリラックスした気持ちになって。
そしたら連鎖反応で名作「綿の国星」を読みたくなり、
しばし漫画部屋に座り込んで読みふける。
主人公は、「自分はいつか人間になる」と固く信じている須和野チビ猫。
物語はチビ猫のモノローグ中心に進みます。
チビが浪人生須和野時夫に拾われ、須和野家のお父さん、お母さん、隣の猫マニア、時夫の想い人みつあみ等いろんな人間模様の中でいろんな経験をしていろんなことを考える。
やがて、チビ猫は美猫ラフィエルに「猫は猫として生まれ猫として死ぬのだ」と教えられます。
それでも何とか人間になろうと最初は七転八倒しながらも、
周囲の人間との暮らしの中でやがて自分が猫であることを受け入れていくチビ猫。
「鳥は鳥に
人間は人間に
星は星
風は風に」
「一度もあったことのないお父さん
一度もあったことのないお母さん
わたし いま 元気です」
そして、浪人して絶望の中にあった時夫の回復の物語でもあり
アレルギーの対象だった猫を時夫の愛情の対象として受け入れ救われる、
時夫のお母さんの物語でもあるのです。
ラスト近く、お母さんとチビ猫との竹やぶのシーンは何度読んでもじーんとする。
美猫ラフィエルはチビ猫を見初めて、
チビ猫は将来綿の国の猫のお姫様「コットンフィールド」になると言い、
猫マニアの魔の手から逃げる旅を続けながらいつかチビ猫のところに帰ってくるか、
というところ。
2巻以降も、可愛いながらもいろいろ考えさせられる物語がたくさん。
いつか完結するのかな?
味わい深いファンタジー。

他にも大島弓子先生には、大好きな作品がいっぱい。
「7月7日に」「バナナブレッドのプティング」「夏の終わりのト短調」「四月怪談」等々・・・
また折々に機会あるたび書いていきたいと思います。
△ PAGE UP



